SCROLLL

INTERVIEW

04

2023.04.17

ニーズは千差万別、365日飽きない配食サービスをめざして

株式会社ベネッセパレット 取締役、配食事業本部長兼経営企画部長

藤原隆行

教育・生活事業でおなじみのベネッセグループの一員として、東京・神奈川で高齢者向け配食サービス「ベネッセのおうちごはん」を展開する株式会社ベネッセパレット。高齢者の暮らしにとって、栄養はもとより、“食”という大きな喜びを届けるそのサービスの役割は大きい。同社の取締役として配食事業と経営企画を担う藤原隆行氏に、献立作りやサービス設計の裏側を聞いた。

PROFILE
藤原隆行
外食企業で事業開発や老人ホームの給食事業を担当した後、2013年の株式会社ベネッセパレットの創立に参加し、2022年より現職。飲食店を経営しながら自ら厨房に立った経験も持つ。

有料老人ホーム運営のノウハウから生まれた配食サービス

―配食サービス業界について教えていただけますか?

藤原 配食サービスへの民間参入は20~30年前に始まりました。その背景には、国が在宅ケアを介護事業の柱に据えながら、配食サービスを国庫補助の対象から外し、各自治体の任意事業の一つとしたことがあります。配食サービスを利用されるのは、当社の場合、日々の買い物や自炊が困難な80代後半の方々が中心です。高齢人口の増加に伴ってご利用者数は順調に伸びていまして、最近ではコロナの巣ごもり需要で二ケタの伸びを記録しました。

―御社の「ベネッセのおうちごはん」とはどんなサービスでしょうか?

藤原 冷蔵でお届けする「まいにち七菜」「こだわり八菜」というお弁当を基本に、「夕食・翌昼食セット」などをご提供しています。いずれも、カロリーや塩分などに配慮した高齢者向けのお食事です。1年365日分の献立を用意していますので、毎日定期的に召し上がっていただくこともできますし、デリバリーピザのように1回だけの利用も可能です。
咀嚼や嚥下の力が低下してきた方向けの「ムースのおかず」等、宅配便でお届けする冷凍弁当もありますが、これらはEC事業のかたちで展開しています。

―ベネッセグループに、配食サービスの会社が設立された経緯をお聞かせください。

藤原 ベネッセのシニア・介護事業では、「高齢者の方々に対して、住み慣れた地域でいつまでも自分らしく生きるためのお手伝いをすること」を目指して、グループ企業のベネッセスタイルケアが全国340施設以上の有料老人ホームを運営しています。同社で食事を提供してきた経験を生かすことで、この理念をご自宅で生活される高齢者の方にも広げることができる。そうした想いから、施設の給食サービスでご協力いただいている株式会社LEOCと合弁で設立したのが当社です。

毎日のことだから平均点をねらう献立作り

―御社の配食サービスに、有料老人ホーム運営の経験はどのように生かされていますか?

藤原 献立作り全般に反映されています。例えば、高齢者は肉より魚、洋食より和食を好むイメージがあると思いますが、実はお肉を好む方が多いですし、ベネッセスタイルケアが運営する有料老人ホームでは、ブランドによって和・洋が半々の割合で提供されています。こうしたニーズも、現場の声があって初めてわかることですね。
お弁当に価格の幅(「まいにち七菜」「こだわり八菜」には160円の価格差がある)を設けるに当たっては、「魚を提供するなら一方が鯖で、もう一方は金目鯛」とか、品数以外に食材にも少し違いを出しています。ここでも、ベネッセスタイルケアの有料老人ホームのうち、価格帯の違うブランドの食事を参考にしています。

―365日分の献立の作成はご苦労が多かったのではないでしょうか。

藤原 はい。事業の開始前に1年かけて365日分の献立を開発し、実際にお弁当として盛り付けた際の味や色合いを全て確認しました。エネルギーや塩分などの栄養価、使用食材の品目数などはもとより、同じ種類の肉や魚を続けないことや、人気メニューの提供頻度などを考えて、献立の設計図を作り込んでいます。常にブラッシュアップはしていますが、毎日飽きずに食べていただける献立ができあがったと自負しています。
食事は毎日のことなので、“ハレの日”の食事ばかりでは逆に飽きてしまいます。「可もなく不可もなく」と言ってはおかしいですが、いかに平均点を取るかが大切です。一方で、旬の食材を取り入れるのはもちろん、北海道フェアや老舗和菓子店とのコラボメニューなども提供していまして、食そのものに関心を持ってもらうことも大事にしています。

―食の好みはさまざまですから、いろんな要望が寄せられるのではないですか?

藤原 その通りです。同じ料理に「しょっぱい」「薄い」という正反対の声が寄せられることも珍しくありません。出汁を効かせて塩味を控えるなどの工夫はもちろんしていますが、ここが飲食事業の難しいところです。「これが苦手だから抜いて」という声にも応えたいのですが、なかなか実現できていません。
個々の要望を満たすことはできませんから、私たちにできるのは選択肢を提供することですね。「まいにち七菜」「こだわり八菜」で、同じ日にどちらも肉、あるいはどちらも魚という献立にならないようにして、どちらかが苦手な方が「食べるものがない」という状況は避けるようにしています。

お客さまファーストで生まれた使い勝手のよさ

―顧客獲得のためにどんな取り組みをしていますか?

藤原 ウェブや新聞の折り込みチラシのほかに、病院や居宅介護支援事業所への訪問営業を行っています。居宅介護支援事業所は、介護サービスを受ける要介護者が自宅で過ごせるようにケアマネジャーが相談にのる場です。訪れた方が食事に悩んでいる場合に、ケアマネジャーさんが紹介してくれるという例が多いですね。

―ケアマネジャーが薦めやすいサービスである必要がありますね。

藤原 ええ。もともと「おいしさ」はなかなか伝わりにくいですから、お客さまファーストで使い勝手をよくしていることを軸に訴求しています。配達は年末年始を含めて365日対応しますし、ご注文の締切日についても、高齢者の方は体調・食欲が日々変化しますから、前日18時までのご注文で1日1食から翌日の配達に対応しています。これらはお客さまのニーズをうかがいながら改善していったもので、他社との差別化に繋がっていると思います。

―高齢者のニーズには、他にどのようなものがありますか?

藤原 プラスアルファの部分でのご要望が多いですね。配達のついでに電球を換えるとか、台所までお弁当を持っていってレンジで温めるとか。地域密着でやっている事業者はそういう距離感がすごく上手です。ただ、私たちは介護現場を知っているだけに、企業として導入するにはリスクが大きいと感じています。このことも、注文方法などの使い勝手の部分で、お客さまに寄り添う工夫をしてきた理由といえます。

―アクティブユーザーの約3割が、ほぼ毎日御社のお弁当を召し上がっているとうかがいました。残り7割の方の喫食率向上のために行っていることはありますか?

藤原 実はあまり行っていないんです。私たちも時には外食をしたくなりますから、「毎日食べてください」と強いてお伝えするのは何か違う気がするんですね。本当は何か手を打った方がいいんですが(笑)、3割の方が当社のお弁当を合うと思ってくださっていることが、まずは素晴らしいと思っています。
もう一つ、喜んでいいと思っている数字が本人選択率です。シニア世代には「自分のことは自分で」と考える方が多いと感じるのですが、当社はこの数字が6~7割です。他社はだいたいこの逆で、お召し上がりになる高齢者のお子さんたちが選んでいるんです。「おいしい」と食べてもらえるように取り組んできた結果がこの数字だと思いますし、これまでの取り組みに磨きをかけることで、結果的に喫食率も上がっていくのではないかと思っています。

介護食のニーズの高まりに備える

―配食サービスで郵便局との連携を模索したことがあったそうですね?

藤原 はい。実はこの事業を始める時に、配食の配達で郵便局に協力いただけないかと、日本郵便に相談しています。冷蔵品の扱いの問題などがあって実現には至りませんでしたが、2万局のネットワークは他にないものですし、OBの組織も大きい。特に地方ではライフラインとしての存在感は大きいですよね。配達だけでなく高齢者の方とリアルに接するノウハウもおそらくお持ちだと思いますから、その点でも郵便局には可能性を感じます。

―高齢者が増える中で、今後のビジネス展開にどんなイメージをお持ちですか?

藤原 いま、当社グループのベネッセスタイルケアが運営する有料老人ホームに入居されている方の1割ぐらいが、ソフト食やムース食といった、調理に手間のかかる介護食を召し上がっていまして、今後、在宅でもこうした介護食のニーズが高まると考えています。当社の工場では、ベネッセスタイルケアの有料老人ホーム向けに介護食を開発・製造していますが、高齢者が増える一方で人手不足が進むと、食事の提供に関わる人員が不足してくる可能性が高くなりますから、他の高齢者施設や病院、在宅でも手軽に介護食が提供できるしくみを作っていきたいと考えています。
当社のパーパスには「ご自宅や高齢者施設で、自分らしくさいごまでお暮らしいただける社会の実現を目指します」という言葉がありまして、食事はそのための肝心要のところです。この部分で少しでも社会貢献ができればと思っています。