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INTERVIEW

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2023.04.17

“人生100年時代”を楽しむためのこだわりのクルマづくり

マツダ株式会社 コーポレートコミュニケーション本部 メディアリレーション部部長

町田 晃

日本の基幹産業・自動車業界において、スカイアクティブ技術や魂動デザインをはじめ、こだわりのクルマ作りで根強いファンを持つマツダ。運転免許返納の機運など、逆風にも思える動きがある中、同社はシニア世代にどうアプローチしようとしているのか。マツダ株式会社の国内メディアのカウンターパートとして、コーポレートコミュニケーション本部で企業メッセージの発信を担当する町田晃氏にお話をうかがった。

PROFILE
町田 晃
マツダ株式会社 コーポレートコミュニケーション本部メディアリレーション部部長 1991年にマツダ株式会社入社。国内営業を担当した後、2014年に広報本部国内広報部に異動。2022年より現職。

マツダが考える“運転の本質”とは?

― 町田さんは企業メッセージの発信を担っていらっしゃいます。個別の車種の広報とのバランスをどのように考えていますか?

町田 他の自動車メーカーさんと比べると、当社の1車種ごとの販売規模はそれほど大きくはありません。ですから、まずは“マツダ”というブランドをしっかりお伝えすることを重視しています。その上で、マツダが考える“運転の本質”に共感していただいたお客さまに対して、例えば独身の方なら「ロードスター(ツーシーターのオープンカー)を楽しんではいかがでしょう?」とか、家族を持ったら「今度はSUVですね」といった具合に、ライフステージごとにご提案の選択肢を用意し、生涯にわたってマツダを選んでいただけるようにしていきたいと考えています。これがマツダとしての目標ですし、お客さまともこうした一貫した考えの中でコミュニケーションをとるように心がけています。

― “運転の本質”という言葉がありました。マツダが考える“運転の本質”とは何でしょうか?

町田 ひとことでいうと、「時速100kmで動く道具を扱うこと」ですね。人間だけが持っているこの能力が、人間にとってどれだけ大切かを発信することで、運転にはいい効果があるというメッセージや、クルマのある生活の可能性を広げることにつなげたいと思っています。自分の足で動ける範囲の経験と、時速100kmで動く道具を使って得られる経験は、量も質も全く違いますよね。経験や知見が多いほど人生が豊かになるのだとすれば、走る歓びは人生の歓びにつながります。こうしたことをお示しするのがマツダらしさだと思っています。

マツダらしさ誕生の背景

― マツダには“こだわりのある自動車メーカー”という印象があります。

町田 おっしゃるとおりで、お客さまにはデザインの統一性やマツダ独自の赤色、こだわりの技術といったところから、 “マツダらしさ”を認識していただいていると思います。実は、以前のマツダ車は車種ごとに開発の考え方が異なっていまして、ある車種が爆発的な支持を得ることはあっても、安定的な顧客の獲得に結びつかないことが課題でした。
そこで、「魂動デザイン」というデザインコンセプトや、「SKYACTIV TECHNOLOGY」という技術面の考え方を導入し、車種ごとにさまざまな特色を具現化しつつも、全てが同じブランドイメージにつながるという流れができあがりました。2010年頃のことです。この“一貫性”は、現在の当社がデザインと技術の両面で特に大切にしているものです。

― 技術・デザインに一貫性が生まれた背景は何だったのでしょうか?

町田 2010年頃というと、ハイブリッド車が飛躍的に増えてきた時期に重なります。当社の体力ではハイブリッド車にリソースを割くのはなかなか難しいという中で、「独自性を貫きながら持続可能なビジネスを展開するにはどうすればいいか」という全社的な議論が始まりました。当時、私は営業部門にいましたが、マーケティングやものづくりの現場とも議論を進める中で、お互いに発見があって、技術の考え方を根本的に見直したり、コーポレートビジョンを刷新したりと、当社にとっては地殻変動のような動きが起こりました。いまも社内のさまざまな場で共通の価値観のもとに議論ができるようになっています。

高齢ドライバーが運転を楽しむために

― 高齢化に伴って高齢者の免許保有率が高まる中、自動車業界は高齢ドライバーへの対応に迫られています。ユーザーとしてのシニア世代をどう捉えていらっしゃいますか? 

町田 高齢ドライバーの事故が重大事故に至るケースが多いのは事実ですから、ご家族が運転免許の返納を望むのも当然です。ただ、シニア世代の事故件数が、全世代の中で突出して多いわけではないんです。高齢ドライバーの約7割が「クルマがないと不便になる」と考えているというデータがありますし、免許返納の機運がさらに高まると、特に地方では死活問題になりかねません。その意味でも、自動車メーカーとして安全安心のための技術開発に脈々と取り組んでいることをしっかり伝えていこうと考えています。

― マツダでは「MAZDA PROACTIVE SAFETY」という考え方を掲げていますね。

町田 はい。危険に至る前に安全な状態に戻るようにクルマがサポートするという方向性で安全性の強化に取り組んでいます。しかし同時に、乗り物を操る感覚を忘れてはいけないとも強く思っています。自動車業界全体が「クルマの事故をなくす」という山を登っている中で、マツダは「人間にとってクルマを運転するとは?」と問いかけるというルートで山頂を目指すということですね。
正攻法すぎるかもしれませんが、そういうマツダらしさを残しながら、どうしたらもっと共感していただけたけるかを考えているところです。ただ、広報としてはここが最も難しいところです。メッセージは明瞭でなければなりませんし、そこをいかにブレイクスルーするかが、私に課せられたミッションだと思っています。

― 「人間にとってクルマを運転するとは?」という問いかけは、具体的にはどのようなメッセージになるのでしょうか。

町田 当社では大学の研究室と共同で高齢ドライバーの追跡調査を行っています。その結果として、運転をやめた人は続けている人に比べて要介護状態になるリスクが2.16倍に高まり、認知症の発症率では運転を続けている人はやめた人に比べて37%低減するという数字が得られました。言い換えれば、「クルマの運転は健康寿命を延ばすことに貢献できる」ということになると思います。
現状では世の中の懸念を払拭できるメッセージとしてダイレクトに伝えることは難しい段階ですが、「CX-60」というSUVにはドライバーの異常を感知して重大事故の前にクルマを止める機能をすでに導入していますし、2025年頃には異常が起きる予兆を感知するところまで技術を進化させる予定です。こうした技術に対するユーザーの実感をエビデンスにしながら、広く伝わりやすい方向に持っていくことができればと思っています。

― シニア世代に向けた情報発信で意識されていることはありますか? 郵便局で配布される『ニッポンどきどき探訪』を活用いただいた際には、どんなことを期待されたのでしょうか?

町田 コミュニケーションは相手の反応で伝え方を変えていかなくてはなりませんから、郵便局は窓口に来られた方の顔が見えるところが魅力ですね。顔見知りの職員さんと会話をしながら窓口でいろんな手続きをする郵便局という場は、一定の年齢層以上の方々の利用が多いでしょうから、接点として有効だと思いました。マツダの技術開発は全てのドライバーに向けたものですから、安全機能の情報発信も高齢者に特化することはありません。ただ、自分ごととしてスッと受け入れてもらうには、やはり若い世代への伝え方とは違うアプローチが必要になると思っています。

“自分ごと”として伝える企業メッセージ

― お話の中で「自分ごととして受け入れてもらう」という言葉が印象的でした。広報のお仕事で意識されていることなんでしょうか?

町田 私自身がそうなのでよく分かるのですが、どんなに有益な情報も自分に関係すると感じられなければ聞き流してしまいますよね。正論であればあるほど自分ごととして捉えてもらえるように、身近なことに置き換えて伝えなければいけない。そこは常に意識しています。
ただ、ビジネスで相手が多数になってくると“自分ごと”が無数に増えるわけで、これがコーポレートコミュニケーションの難しいところです。いろんな考え方の方がいらっしゃいますから、 私たちの「人生の経験を広げてくれる道具を操る能力を捨てない方がいい」という考えを押しつけることはできません。共感の輪をていねいに広げていくことに尽きますね。

― 町田さんが思い描く、コーポレートコミュニケーションのゴールはどういうものでしょうか?

町田 当社が1989年に発売した初代ロードスターに乗り続けている80代の方がいらっしゃるのですが、「このクルマに乗るために毎日筋トレをしている」とおっしゃるのを聞いて、率直にうらやましいと感じました。
シニア世代が「まだまだ運転するよ」とお孫さんとのドライブを楽しんで、年を取るのも悪くないと思えるようになれば嬉しいですね。事故のリスクを下げていつまでも運転の能力を発揮できるようになれば、人間とクルマのもっといい関係を築けると思っていますし、そのことを多くの方にお伝えしていきたいと思っています。いずれクルマが健康器具として厚生労働省に認められるようになればいいですね(笑)。